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「アケマシテオメデトウゴザイマス」
「さすがサイレン、正月の挨拶も達者だなあ」
「ちっと片言やしねえか?」
こたつを囲んでかしこまるサイレン家の3人。と言ってもうちひとりはどうでもよさそうにあくびをしているのだが。英利は純粋に感心して、褒められたサイレンは嬉しそうにそうでスか?とにこにこしている。日本の行事が大好きな英語教師のことだもの、きっと褒められることが嬉しいに違いない。
盛り上がる2人を無視していたニクスはそれにしても、と内心呆れながらこたつの上のテーブルを眺めた。
「本格的すぎるだろコレ…」
そこにはずらりとおせち料理が顔を並べている。伊達巻に数の子、昆布巻きや黒豆はもちろん、栗きんとん、なます、数種類の煮物、そして海鮮類。数えればきりがないほどのそれらは三段の重箱になんとか納まっている。いったいどうすればこんなふうにちゃんと納まるんだこれ、とここまでたどり着いた工程に疑問を抱きつつもニクスは笑みを浮かべていた。それは目の前の料理が旨そうだというだけではなく。
「毎年思いますけど英利は料理が得意なんですネ。おせち料理まで作れるなんて」
そう、これらの料理の半分は英利が作ったものだ。残りの半分はサイレンだが、簡単なものもしくは買ってきた物をほとんど担当したため料理に携わったのは実質的に英利ひとりで。正月に浮かれるサイレンと、まあいいんじゃねーのと笑ったニクスのために、いつもより少しだけ嬉しそうに台所に立ったのだった。
「サイレンがあれもこれもって言うから作りすぎた」
「うっ…スミマセン…」
「いくら全員男だからってこれ3人で食うのは無理だろ…」
文句を垂れつつ、残す気はなかったりするニクス。それを英利は知らず、眉間に皺を寄せて真剣に悩みだした。
「そうだな…残ったら冷蔵庫に入れて明日とか食べようかと思ったんだけど」
「それいいですネ」
「…別にそんなつもりで言ったんじゃ」
ないぜ、とニクスが言うまえにインターホンの音が部屋中に響いた。新年早々誰だろう、とぼやきながら反射的に英利が立ち上がる。英利が部屋から出て行って1分後、笑い声と共に数人を従えて戻ってきた。
「なんでおめーら来るんだよ…」
あきらかにげんなりしているニクスにいいじゃねえか、俺らも混ぜろよと英利の後ろにいるデュエルと孔雀がブーイングを飛ばした。更に後ろにはケイナとエレキ、その横には士朗が立っている。半分は英利狙い、残り半分は料理狙いなのが見え見えである。
「英利あけましておめでとう!」
「おめでとさん英利ぃ」
「あけましておめでとうエレキ、ケイナ。エレキ、これ少ないけど俺からのお年玉」
「いいのっ?」
まさかもらえると思っていなかったらしくエレキは甘んじてそれを受け取った。こういったところはやはり10代らしい反応で微笑ましい。いいなあと呟きながら隣りでケイナがそれを見つめると英利は苦笑して10代の特権だろう、と頭を撫でた。
「なあなあいくらだった?」
「あとで開けるから秘密」
中身が気になるらしい孔雀たちはエレキに尋ねるが、等の本人は家に帰ってから開封するつもりらしく教えてくれない。くすくす笑うエレキの笑顔を真横で眺めていた士朗はおもわず頬を緩ませた。
「んじゃ俺からもお年玉やるよ」
「え!マジ?」
デュエルが財布を取り出して中から一万円札を2枚抜き取りそのまま渡した。
「ポチ袋を持ち合わせてなくて悪いな」
「2万もいいの?」
「いいよそれくらい。俺金はあるし」
大人の余裕発言をしてからデュエルはふとニクスを見た。そして口角を上げてふっ、と小さく笑う。その一連の行動と発言にイラッと来てしまったらしいニクスは傍らにあった自分の財布を手に取ると万札を3枚抜いてエレキに押し付けた。驚いたのはエレキである。
「に…ニクス?」
「やる」
2文字の言葉がニクスの口から飛び出した瞬間、周りがビシリと凍りついた。ケイナはひとり、周りを気にする様子もなく英利の箸を使って錦卵をつついている。
「ニクスどうしたの…!?」
「エレキやめとけ、ニクスが無償でお年玉をやるとかありえない」
「あとで倍請求されるぞ」
普段の行いが物を言うというか、恐ろしいものでも見るかのように士朗と孔雀はニクスを見た。英利やデュエルのときと全く違う反応にニクスの苛つきが解消どころか加速する。
「ニクスお年玉渡す余裕があるなら家賃をはら」
「黙れヒゲ」
抗議しようとしたサイレンを一蹴して口にかまぼこを突っ込んだ。げふっ、だか、ごふっ、だか情けない声をあげて床に突っ伏して吐きそうになっているサイレンに見向きもせずにニクスはふんと鼻を鳴らした。
「俺だってお年玉ぐらい金はあんだよ。ま、それぐらいの余裕は持ち合わせてるってことだな」
デュエルと孔雀を見下すように交互に見てからもう一度鼻で笑った。根本的に単純な孔雀は簡単に乗せられ、財布から万札を4枚取り出してエレキに渡した。
「はいエレキ、俺からのぶん」
「え?」
「いやあー4万くらいするっと渡せないとねえー?」
その台詞を吐く際にニクスとデュエルを見ながら前髪を指先でかき上げる。律儀に売られた喧嘩を買った1番手はデュエルである。
「4万じゃ少ねー。5万くらい渡せねえとな」
そういってさらに3万を渡すデュエル。そして更に便乗するのはニクス。
「はあ?5万とか何言ってんだ?6万余裕だろ」
負けじとエレキに3万を押し付ける。
「いやいや、7万はいけるって」
そうはいくかと孔雀が更に3万をエレキの手に乗せる。
3人の視線が絡みあい、バチバチと火花が散るような錯覚が周りにいた英利たちにも見えた。
真ん中に挟まれたエレキは手元にある諭吉の束と財布片手に勝手な闘争心を燃やしている年上の友人3人を交互に見つめている。喜んでいいものか悪いものか、顔色が青くなったり赤くなったりしている。
「8万!」
「9万!」
「10万!」
もはやオークション状態になってしまったバカな大人3人は放っておくつもりらしい、英利は泡を吹いているサイレンを揺すって起こした。エレキは助けるべきだろうかと考えたが役得状態なので大丈夫だろうと戦争が終わるまで4人に関わるのは綺麗さっぱりやめることにした。
「士朗。先におせち食べてなよ」
「で、でもエレキが」
「役得なだけだから大丈夫だって。たぶん。終わるまで放っとこ」
弟を心配して冷や汗をかいている士朗の肩を叩いて悟らせる。こたつに向き直ると自我を取り戻したサイレンがお年玉戦争している4人を呆れたように見ながらおせちに箸を伸ばしているところだった。
「英利英利、この黒豆うまい」
甘党なケイナは英利の作る栗きんとんや黒豆を目当てに毎年やってくるのだ。それを知っているから英利は毎年、甘い料理は少し多めに作ると決めていた。そんな、ひとり英利の手料理をもくもくと食べていたケイナ。この状況で一番幸せなのは彼かもしれない。
「だろ。じゃあ餅も焼けたみたいだし雑煮温めなおすか。関東風のさっぱりしたのと具沢山どっちがいい?」
「俺さっぱりしたほうがええな〜」
「私は野菜が多いほうで」
「じゃあ俺もサイレンと同じやつ」
一向に終わる気配を見せない戦争にようやく弟の救出を諦めたらしい士朗がこたつに入りながらちゃっかり雑煮を注文する。元が食い意地十分なのでおせち料理の誘惑に勝てなかったらしい。サイレンに渡された箸でさっそく煮物に手を出している。
餅を入れたお椀に雑煮をよそりながら肩越しに大人気ない3人の喧嘩を見た英利は小さくため息を吐いた。まったく正月くらいもう少し仲良くできないのだろうか。血の気の多い友人が集まっている時点で無理か、とひとりごちてこたつに4人分の雑煮を乗せた。
「わーい。いっただっきまーす」
「いただきマス」
「いただきます」
「どーぞ」
4人仲良く手を合わせて食前の挨拶。うち3人はすでに料理に手をつけてしまっているが細かいことは気にしない。英利は雑煮を食べながらニクスたちの大騒ぎを背中で聞いて一言。
「…いちばん最初に孔雀がノックアウトされるに一票。」
サイレンと士朗が英利を見た。雑煮を頬張っていたケイナには聞こえなかったらしく顔も上げずに餅と格闘している。その瞬間、孔雀の悲鳴が英利の後ろ手で上がった。どうやら財布の中身が空になったらしい。
「ビンゴ」
どうしてわかったんだと士朗とサイレンが聞いても、英利は可笑しそうに笑うだけだった。




最後は財力のあったデュエルが勝利し、エレキの手元には30枚以上の諭吉が残った。
さすがにこれは受け取れないと青くなって3人に返そうとしても意地を張って受け取ろうとしないので、好意に甘えてそれらはエレキの懐に納まった。
そんでもって喧嘩が終わった頃にはおせちも大分なくなっていて、それをまた3人で取り合いして英利に心底呆れられ。
エレキはその横で英利が取り置きしておいてくれたおせちをケイナと幸せそうに食べていた。
そんなかんじの似たようなやりとりを実は毎年して大騒ぎしていたりするのだけれど、本人達はあんまり覚えてなかったりする。
そして。デュエルは金持ちなので問題なかったが、バイト生活で貧乏なニクスはしばらく英利に奢ってもらったり電車代をケチってバイクを使ったりしたらしい。
だが同居人さえいないというのに新年早々欠乏した孔雀がその後一ヶ月どうやって過ごしたのかを、知る人は少ない。

















鉄火がいないのはおそらく家柄上、正月三が日は友人と会っている暇がないだろうということで。
識は妻子が、ユーズはMZDと。それぞれ正月を過ごしているだろうと。
英利が孔雀を言い当てたのは単に孔雀が3人の中で一番(仕事の量にもよるが)貧乏だからです。
さらに言えばケイナが羨ましがっているのはお年玉じゃなくて「微笑ましい行為」。お金が欲しいわけじゃない。



wrote:2010/01/06
up data:2010/01/07